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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2764号 判決 1961年5月29日

控訴人 岡安英子

被控訴人 川崎信雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴人訴訟代理人において別紙一記載のとおり陳述し、被控訴人訴訟代理人において本訴請求は原判決に被控訴人の第二次請求として表示されているもののみを維持するものであると述べたうえ別紙二記載のとおり陳述し、証拠として、控訴人訴訟代理人において乙第三十一号証から第七十五号証までを提出し、当審における鑑定人松尾皐太郎の鑑定の結果を援用し、被控訴人訴訟代理人において右乙号各証の成立を認めたほかは、いずれも原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。

理由

一、控訴人は、原判決に第一次請求として表示されている請求についてはいわゆる訴の交換的変更によりすでに訴の取下又は請求の放棄がなされているのにかかわらず、原判決はこれを無視して右請求を第一次請求として摘示したうえこれに対し詳細に判断を加えた違法を冒している旨主張するので、まず、この点につき、判断する。

本訴において、被控訴人は、当初、原判決に第一次請求として表示されているとおり、控訴人が被控訴人の所有地上に昭和三十一年五月十四日以降無権原で本件各建物を所有してその敷地を占有することを請求原因とする土地所有権に基く妨害排除請求として、「控訴人は、被控訴人に対し、本件各建物を収去してこれらの敷地を明け渡し、かつ、昭和三十一年六月一日から右明渡済まで一箇月金千七百五十円の割合による金員(地代相当の損害金)を支払え。」との判決を求めていたところ、これに対し、控訴人は、(一)控訴人は右土地の賃借人たる山口乙吉から本件各建物を買い受けるとともに土地賃借権の譲渡を受け右賃借権譲渡につき被控訴人に対し承諾を求めたが承諾を得られなかつた、(二)しかし被控訴人が右賃借権譲渡を承諾せず建物収去土地明渡を求めることは権利の濫用と見られる事由が存するので許されないと主張していたが、昭和三十二年十二月十八日の原審口頭弁論期日において同日附準備書面を陳述し、(三)仮に右(二)の主張が理由がないとするならば借地法第十条により本件各建物の買取請求をなす旨主張するに至つた。そこで、被控訴人は、控訴人主張の右(一)及び(三)の事実を認めたうえ、右主張に対処して、昭和三十四年二月二十三日の原審口頭弁論期日において、同日附請求の趣旨訂正申立書(ただし、右期日において口頭で一部訂正した。)を陳述し、右買取請求の結果本件各建物につき当時の時価相当額金二十四万千円の代金による売買契約が成立したことを理由として、請求の趣旨を訂正し、「控訴人は、被控訴人に対し、金二十四万千円と引換に本件各建物につき昭和三十二年十二月十八日附売買による所有権移転登記手続をなし右各建物を引き渡し右各建物から退去してこれらのを明け渡し、かつ、金三万二千三百七十五円(昭和三十一年六月一日から昭和三十二年十二月十八日までの地代相当の損害金)を支払え。」との判決を求めた。

被控訴人は、さらに、昭和三十四年六月五日の原審口頭弁論期日において、同日附請求の趣旨再訂正申立書を陳述し、控訴人が買取請求後も本件各建物を利用してこれらの敷地を占有していることを理由として地代相当額の不当利得の返還を併せて請求し、再度請求の趣旨を訂正して、「控訴人は、被控訴人に対し、昭和三十二年十二月十九日から本件各建物明渡済まで一箇月金千七百五十円の割合による金員を支払え。」との判決を求める請求の趣旨を追加した。これに対し、控訴人から再度にわたつてなされた請求の趣旨の訂正は当初の請求の基礎を変更してなした訴の変更であるとして異議を唱え、なお、買取請求当時の本件各建物の時価は金百二十万円が相当であると述べた。原審裁判所は、控訴人の右異議申立を却下し右請求の趣旨訂正を許容して判決をなしたものである。

以上が本件記録上明らかな原審における訴訟経過の概要である。

そこで、まず被控訴人が右のように請求の趣旨を訂正した意味につき考える。この点につき、控訴人は、被控訴人が土地所有権に基く当初の請求を撤回しこれに代えて建物所有権に基く新訴を提起したものでいわゆる訴の交換的変更に当ると主張し、昭和三十四年二月二十三日になした訂正後の新たな請求の趣旨中に「右建物を引き渡し並びに同建物から退去してこれを明け渡せ」と表示されているところは控訴人の右主張に符合するもののようである。しかしながら、建物収去土地明渡の請求に対し建物買取請求の抗弁が提出された場合において裁判所が右抗弁を採用するときは、土地明渡請求を全部棄却することなくその一部を棄却して建物の引渡(もしくは退去)土地明渡を命ずべきであり、そのためとくに訴変更の手続を要するわけでないから、右買取請求の抗弁は、建物収去土地明渡の請求中建物収去を求める部分のみを理由なきに至らしめる防禦方法にすぎないといわなければならない。してみると、被控訴人の右訂正後の新たな請求の趣旨中に前記のような文言の表示があつても、右請求の趣旨訂正が控訴人の買取請求の抗弁に対処してなされたものである前記経過に鑑みるならば右文言のみを捉えその文言から直ちに被控訴人が当初の土地明渡請求をあえて全部撤回し新訴を提起したものと解するのは、必ずしも被控訴人の意思に添う解釈ではないというべきである。のみならず、地上建物を引き渡し建物から退去することは同時にその敷地を明け渡すことにほかならないし、また被控訴人が敷地の明渡を離れた意味における建物引渡並びに建物退去をとくに求めていると解すべき特段の資料もないから、表示された右文言のみに拘泥して、被控訴人が請求の趣旨を訂正した意味につき当初の請求から建物所有権に基く建物引渡及び建物退去明渡請求へと訴の変更をなしたものと解釈することは、被控訴人の意思を誤解するおそれが多分にあるといわなければならない。むしろ、被控訴人としては、建物買取請求権の行使があつたため当初の請求は全面的には維持しがたいけれども、なお右請求の範囲内で建物代金との引換による建物退去土地明渡の請求と買取請求時までの損害金請求とを維持しようというのが請求の趣旨を訂正した本来の目的であるというべきである。したがつて右訂正の意味は、当初の請求中買取請求の抗弁により棄却を免れない部分すなわち建物収去を求める部分及び買取請求後の損害金の請求につき請求を減縮し、ほかに新たに建物所有権に基く建物所有権移転登記手続の請求を追加したものと解すべく、請求の趣旨を訂正した経緯からいつても、このように解することが被控訴人の意思にもつとも合致する解釈であるということができる。結局、訂正後の請求の趣旨中に「右建物を引き渡し並びに同建物から退去してこれを明け渡せ」とあるけれども、これは、訂正の前後を通じ維持している土地所有権に基く妨害排除請求たることを示す正確な表現としての「本件各建物から退去してこれらの敷地を明け渡せ」との趣旨に理解すべきこととなるが、このように理解することを妨げるような資料は他に存しない。

原判決は、当初の請求を第一次請求として、訂正後の請求を第二次請求として、それぞれ表示している。ところで、第二次請求の表示において被控訴人の表示の不正確な点を右説示のように善解しているが、これは、もとより適切な処置というべきである。そして、右第二次請求中には第一次請求中請求を減縮したその余の部分すなわち引換給付による建物退去土地明渡及び買取請求時までの損害金の各請求が包含されていること並びに被控訴人が右各請求をなお維持していること(本訴においては第二次請求のみを維持するものであるとの当審における被控訴人の釈明も、右各請求を含む意味での第二次請求を維持する趣旨に解することができる。)は、いずれも以上に説示したとおりである。したがつて、第一次請求中の右の部分に対し判決することは、裁判所のなすべき当然のことであり、第一次請求につき訴の取下又は請求の放棄があつたことを無視して判決したとして原判決の違法を攻撃する控訴人の主張は、右の部分に関する限り採用することができない。

もし第一次請求につき控訴人が主張するように訴の取下又は請求の放棄のあつたことが問題となるとすれば、それは、前記請求の減縮がなされた部分すなわち建物収去を求める申立と買取請求後の損害金の請求についてのみ問題となるにすぎない。ところが、原判決に対しては、控訴人から本件控訴がなされたにとどまり被控訴人はなんら不服を申し立てていないから、当審においては、原判決中控訴人の敗訴を言い渡した主文第一項の当否のみが審判されるわけであり、右主文第一項には、被控訴人が請求を減縮した右の部分が包含されていないから、この部分は、当審における審判の範囲外にあるものといわなければならない。したがつて、仮に右請求の減縮が適法かつ有効になされた結果原判決に控訴人主張のような違法の点があるとしても、これについては当審の判断の限りでないから、右の点を攻撃する控訴人の主張も、採用することができない。

よつて、控訴人の前記主張は、採用しない。

二、そこで、被控訴人の本訴各請求につき判断するに、当裁判所は、右各請求を原判決が是認した限度で正当として認容すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり附加又は訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、その記載を全部ここに引用する。附加又は訂正する点は、次のとおりである。

(一)  控訴人は、買取請求の抗弁は、いわゆる訴の交換的変更によりすでに訴の取下又は請求の放棄のあつた被控訴人の第一次請求に対する権利濫用の抗弁が理由のないことを前提とする仮定的抗弁であるから、右請求につき訴の取下又は請求の放棄があつた以上、権利濫用の抗弁は無意味となり、したがつて右抗弁が判断の結果排斥されることを前提とする右買取請求もその効力がなくなるわけであるから、買取請求が有効に存することを前提とする被控訴人の第二次請求も当然棄却されるべきであると主張するので、この点につき判断する。

前記一で説示したように、当審においては、原判決中控訴人敗訴の部分たる主文第一項の当否のみが審判の対象となるわけであり、同項は、控訴人に対し、引換給付による建物所有権移転登記手続及び建物退去土地明渡並びに買取請求時までの損害金の支払及びその後の不当利得の返還をそれぞれ命じている。

右の各事項中当事者間の争の中心をなすのはもちろん建物退去土地明渡の点であるが、これを求める被控訴人の請求が当初の建物收去土地明渡の請求と請求原因を同じくする土地所有権に基く妨害排除請求であることは、さきに説示したところである。してみると、控訴人の権利濫用の抗弁が、当審では審判の対象から除かれている建物収去の申立に対してのみ提出されたものと解すべき特段の事情の認められない本件では、右抗弁は、当審で判断されるべき建物退去土地明渡の請求に対しても提出されているものといわなければならない。そして、右抗弁につき判断した結果その理由のないことは、前記引用に係る原判決理由中のこの点に関する説示(記録三五七丁裏二行目から三六〇丁表二行目まで)及び後記(二)の説示のとおりであるから、右抗弁が判断の結果採用されない場合にそなえた仮定的抗弁たる買取請求の抗弁についても、判断を加えなければならないこととなる。

もつとも、右建物退去土地明渡請求は土地所有権に基く妨害排除請求であるから、これに対し建物買取請求権を行使してみたところで、右請求を排斥する抗弁事由になりえないし、また買取請求時までの損害金請求に対しても、同様抗弁事由になりえないことは、いうまでもないところである。しかしながら、被控訴人は、建物代金相当額の支払と引換に右請求をなしているのであるから、建物代金に相当する反対給付額を被控訴人の主張額をこえて認定する場合、その前提として買取請求権の行使による建物の売買の成立を認める必要があり、ここにはじめて買取請求の主張が意味をもつてくるわけである。そして、控訴人は、被控訴人主張の建物代金相当額を争いこれをこえる額を主張しているから、その前提として、買取請求の抗弁を提出しているものといわなければならない。してみると、買取請求の抗弁は、本来は主として建物収去の申立に対して提出されたものではあるけれども、右申立が当審の審判の範囲からはずされた現在も、なお有効に提出されているものといわなければならない。

ところで、原判決主文第一項に包含される建物所有権移転登記手続及び不当利得返還の各請求においては、被控訴人の側で控訴人の建物買取請求権行使の事実を援用し請求を理由あらしめる事実としている。そして、右各請求は、引換給付による建物退去土地明渡の請求を併合されており、併合請求双互の間では事実上の陳述はすべて共通に訴訟資料となるものであり、このことは一方の請求で陳述した事実が他方の請求では当該当事者にとつて不利益な事実であつても同様である。したがつて、右登記請求及び不当利得返還請求においても、買取請求権行使の事実は、訴訟資料となるものといわなければならない。

控訴人の前記主張は、その前提において以上と異なる見解に立脚するから、採用の限りでない。

(二)  控訴人は、被控訴人が本件土地明渡請求をなすこと自体が権利の濫用に該当すると主張する。

しかしながら、控訴人が山口乙吉から本件土地賃借権の譲渡を受けた経緯及びこれにつき被控訴人の承諾を得ることができなかつた事情は、前記引用に係る原判決理由中(記録三五八丁裏十行目から三五九丁裏九行目まで)に認定されているとおりであり、右のような経緯及び事情のもとにおいては、被控訴人の本件土地明渡請求を権利の濫用であるとすることはできない。もつとも、原審証人岡崎次男の証言により成立を認めうる乙第十九号号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が被控訴人の承諾を受けることなく山口乙吉から本件各建物を買い受けるとともに本件土地賃借権の譲渡を受けたことをめぐり、控訴人が本件各建物に居住しはじめた昭和三十一年六月ころから、被控訴人のため本件土地を管理するその父川崎信蔵と控訴人との間に紛争が生じ、信蔵においてその早期解決を急ぐのあまり同年七月本件各建物に接近させて板塀を施したりその他控訴人及びその家族の居住の妨げとなるような所為に出たことを認めることができるけれども、このことによつて控訴人及びその家族が損害を被つたとしてもそれは別途に救済されるべき事柄である。右の所為があつたことをもつて被控訴人の本件土地明渡の請求が権利の濫用に当るとすることはできない。そのほか本件訴訟にあらわれたすべての資料を精査しても、被控訴人の右請求を権利の濫用として許されないものとは認めることができない。よつて、控訴人の前記主張は、採用しない。

(三)  借地法第十条の買取請求の目的となつた建物の時価は、建物を取りこわした場合の動産としての価格でなく、建物が現存するままの状態における価格であつて、敷地の借地権の価格は加算すべきでないが、その建物の存在する場所的環境は参酌して算定すべきものである。原判決が本件各建物の買取請求当時の時価を判定するのに採用した原審における鑑定人美沢義雄の鑑定の結果は、同人の提出した鑑定書に鑑定の理由として、「本物件は京浜急行電鉄「弘明寺」駅下車徒歩約二分、市電「弘明寺」停留所下車徒歩約五分の弘明寺商店街に位置し交通の便良好なり。附近一帯は平坦にして本件敷地も亦然り。」と記載され、なお、本件各建物の敷地の北面は弘明寺商店街に面している旨も記載されているところから、本件各建物の存在する場所的環境を考慮にいれているものということができる。したがつて、右鑑定の結果は、採用するに値するものであるところ、これにくらべると、当審における鑑定人松尾皐太郎の鑑定の結果は、必ずしも採用することができない。けだし、同鑑定人提出の鑑定書の鑑定理由の記載によれば、建物そのものの固有の価格にその「場所的経済価値」を加算しているけれども、同鑑定人の所説によればここにいう「場所的経済価値」とは建物を収去するに要する失費をいうというのであるところ、その根拠は必ずしも明確でなく、当裁判所の首肯しえないところであり、したがつて、本件建物の時価を算定するに当つて場所的環境を参酌するにつきこのような建物の収去に要する失費を考慮にいれてなされた同鑑定人の鑑定の結果は、適当でないからである。

(四)  原判決理由中記録三五八丁裏三行目「解除申入」を「解約申入」に、同三五九丁表末行「被告」を「被告の夫岡安次男」に、それぞれ改める。

(五)  原判決理由中記録三六一丁表三行目から同丁裏十行目までに説示されている訴変更を許容すべき理由を次のとおり改める。

すなわち、被控訴人は、再度にわたる請求の趣旨の訂正により、当初の請求に対し、まず建物買取請求権行使の結果成立した売買による所有権取得を理由とする建物所有権移転登記手続請求を追加し、ついで買取請求後も控訴人が建物を利用して敷地を占有していることを理由とする不当利得返還請求を追加し、それぞれ訴の変更をなしたものであるところ、これらは、当初の請求に対する控訴人の抗弁を援用して請求の理由としたもので相手方の防禦に著しい障害を与えるわけでなく、また従前の訴訟資料をそのまま新請求に利用することができるから、右訴の変更はいずれもこれを許すべく、その他の点においては請求の趣旨訂正後も請求原因に変更がないことは、すでに説示したところである。

三、以上のとおりで、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 賀集唱)

別紙一

控訴人の陳述

第一原審における訴訟経過

一、原審において被控訴人は請求の趣旨として初め「被告は原告に対し、横浜市南区弘明寺町字山下二六一番の三、宅地三十九坪七合七勺(別紙図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の点を結ぶ線を以て囲む部分)の内別紙図面表示の(イ)(ホ)(ヘ)(ト)(イ)の点を結ぶ線を以て囲む部分五坪八合を除く其余の宅地三十三坪九合七勺(別紙図面表示の(ホ)(ロ)(ハ)(ニ)(ト)(ヘ)(ホ)の点を結ぶ線を以て囲む部分)を其地上に在る同市同区同町字山下二六二番、家屋番号四六四番の二木造亜鉛葺平家居宅建坪十二坪四合二勺(実測十七坪)及び木造亜鉛葺平家物置、建坪約一坪を収去して之を明渡し且昭和三十一年六月一日より右明渡済に至る迄一ケ月金一、七五〇円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、(以下単に右明渡を求める土地を本件土地と、収去を求める家屋を本件建物という)そしてその原因とするところの要旨は控訴人の本件建物所有による本件土地の占有は不法占有であると主張するのであるが、控訴人はこれに対し控訴人が本件土地の占有は訴外山口乙吉からその借地権の譲渡を受けたるによるものであり、被控訴人の右訴外人との間の本件土地の賃貸借契約を解除すること自体も、本件建物を収去して本件土地の明渡を求めることも権利の濫用であり許さるべきものでなく、従つて控訴人の本件土地の占有は不法でないと抗弁し、(昭和三十一年十一月二〇日附控訴人提出の準備書面並に同年十二月二十日口頭弁論調書参照)。仮に右被控訴人の請求が権利の濫用でないとするならば借地法第十条により被控訴人に対し本件建物を時価を以て買取ることを請求すると仮定的抗弁を提出した。(昭和三十二年十二月十八日附控訴人提出の準備書面参照)。

二、ところが被控訴人は昭和三十四年六月五日附準備書面で前記請求の趣旨を「被告は原告に対し、一、原告より金二十四万一千円の支払を受けると引換に別紙目録記載の建物につき横浜地方法務局において昭和三十二年十二月十八日付売買による所有権移転登記手続を為し、且同建物を引渡し並びに同建物から退去して之を明渡せ。二、金参万弐千参百七拾五円及び昭和三十二年十二月十九日から別紙目録記載の建物明渡に至るまで一ケ月金千七百五十円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求めると訂正し、その原因とするところの要旨は、被告は本件建物につき昭和三十二年十二月十八日買取請求の意思表示をしたから同日以後右建物は原告の所有となつたと主張するのであるが、これに対し(昭和三十四年二月二十三日附準備書面による被控訴人の請求の趣旨の訂正をも含めて)控訴人は昭和三十四年六月五日の口頭弁論において右請求の趣旨の訂正は訴えの変更であり、しかも請求の基礎に変更があるから許さるべきでないと異議を申立てたのに対し、原審裁判官はこの異議申立を却下し右請求の趣旨訂正を許容して判決をなしたものである。

第二、原判決の誤謬

一、事実摘示の誤謬

(イ) 原判決はその事実の摘示において、『原告訴訟代理人は第一次に「被告は原告に対し、別紙目録二の建物を収去して、同目録一の宅地中三十三坪九合七勺(別紙図面中(ロ)(ハ)(ニ)(ト)(ヘ)(ホ)(ロ)の各点を順次に結ぶ各直線によつて囲まれる区域)を明渡し且昭和三十一年六月一日以降右明渡済に至るまでーケ月金千七百五拾円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第二次に「被告は原告に対し金二十四万一千円の支払と引換に別紙目録二の各建物につき昭和三十二年十二月十八日附売買による所有権移転登記手続を為し、右各建物から退去して之等の敷地を明け渡し且昭和三十一年六月一日以降右明渡に至るまで一月金千七百五十円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに右判決中建物の退去によるその敷地の明渡及び金銭の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求める旨申立てた』とし、所謂訴の追加的、予備的変更があつたように摘示しているが、被控訴人(原告)は右二個の請求の趣旨中前者の請求(以下単に旧請求という)を第一次とし、後者の請求(以下単に新請求という)を第二次として所謂訴の追加的、予備的変更の申立をしているのではなく右旧請求は之を取下げか又は抛棄かを為し、右新請求のみを維持しているもので所謂訴の交換的変更の申立をしているものであることは前記第一の原審の訴訟経過において述べたとおりであり、又当審における四月二〇日の口頭弁論で為した被控訴人の釈明によつても一点疑いの余地なく明白なところであるから右原判決摘示は誤りである(尚原判決が新請求として摘示する「………右各建物から退去してこれらの敷地を明渡し云々」の敷地明渡しは被控訴人のまつたく請求していないところである)。

(ロ) 原審は控訴人(被告)の主張抗弁として「仮に原告の本件借地権譲渡承諾の拒絶及び賃貸借契約解除が権利の濫用であると前記主張が理由がないとすれば被告は本訴において原告に対し前記各建物を買取ることを請求する(昭和三十二年十二月十八日の口頭弁論期日)云々」と摘示しているが控訴人が仮定的抗弁として本件建物の買取請求を為すのは原判決摘示のように単に「借地権譲渡承諾の拒絶及び賃貸借契約解除が権利の濫用であるとの主張が理由がないとするならば」ということを前提とするのみでなく「本件建物の収去並びに本件土地明渡の請求が権利の濫用であるとの主張が理由がないとするならば」ということもその前提としている(昭和三十一年十二月二十日の口頭弁論調書及び昭和三十二年十二月十八日附控訴人提出の準備書面参照)のであるから原判決においてはこの後者の前提を事実の摘示から脱落している誤りがある。(尚控訴人は当審において事実上並びに法律上の主張抗弁は原判決事実摘示のとおりであると陳述したが更に控訴人は本件建物の収去並びに本件土地明渡の請求が権利の濫用であると主張するものであるが仮にこの抗弁が理由がないとするならば本件建物を百弐拾万円で買取ることを請求すると主張、抗弁を補充する)。

二、原審は右のとおり事実摘示において重大な誤りを冒している結果当然その判決にも重大な誤りを冒している。

即ち、

(イ) 被控訴人の旧請求は既に取下か又は抛棄されているのに拘らずこれを無視して第一次請求として取上げこれに対する判断はすべきでないに拘らず、詳細にこれに対し判断を加えていること。

尤も右旧請求に対しては控訴人において前述の通り権利の濫用の抗弁を提出してこれを最後まで維持していた関係上この処置に窮し右のように被控訴人が裁判を求めることを抛棄しているに拘らず原審は勝手にこれを第一次的請求として取上げざるを得なかつたのであろう。

(ロ) 前述の通り控訴人の本件建物に対する買取請求は飽くまでも被控訴人の旧請求に対する権利濫用の抗弁が容れられないことを前提とするものであるからして旧請求にして取下げか又は抛棄された以後はこれに対する控訴人の権利濫用の抗弁は無意味となり終り、従つてまたこの権利濫用の抗弁が判断の結果容れられないならばということを前提とする本件建物の買取請求の効力もなくなるわけであるから被控訴人の新請求も当然棄却せらるべきであるに拘らず原判決はこれをなさず反つて被控訴人の新請求を認容していること。

思うに仮定的主張にしろ仮定的抗弁にしろ、すべてその前提となる主張なり抗弁なりが存在してそれ等が容れられるか又は容れられないかにかかつているものであることはいうまでもないことで最後まで切り離すことのできない一体的関係に置いて判断の対象としなければならない筈であるからその前提となる主張なり抗弁なりの当、不当につき判断を仰ぐことができなくなつた場合は仮定的主張又は仮定的抗弁も判断の対象とはならなくなり何等の法律効果も発生し得ないのである、本件において考えてみるに右に述べたような不都合が生ずる故に被控訴人は旧請求を取下げ又は抛棄すべきでなかつたし又仮令控訴人が仮定的抗弁として本件建物の買取請求をしたからといつて必ずしも訴を変更して新請求をしなければならぬものでもなかつた。即ちこのような場合には新請求は旧請求である家屋収去土地明渡の請求に包含されていると解すべきであるからである。(最高裁判所昭和三〇年(オ)第九九三号建物収去、土地明渡請求事件、昭和三三年六月六日第二小法廷判決参照)従つて原審が被控訴人の訴の変更を許容すべきでなかつたのにこれを許容したのは重大な誤りであると言わなければならない。

原判決は以上述べたような理由から当然取消さるべきであり、被控訴人の請求は却下又は棄却さるべきである。

別紙二

被控訴人の陳述

第一、控訴人が第一原審における訴訟経過と題する部分一、二記載については別に争わない。

第二、原判決の誤謬と題する部分以下についての被控訴人の主張は左の通りである。

一、被控訴人が原審において請求の趣旨訂正の申立書を提出したのは昭和三十二年十二月十八日控訴人のした借地法第十条による家屋買取請求に基因するものである。

二、控訴人の右買取請求権の行使は原審口頭弁論期日たる昭和三十二年十二月十八日控訴代理人により同日付の準備書面(第二)の陳述により為されたもので訴訟法上においては仮定抗弁の形式によるが実体法上は形成権の行使であつて控訴人の一方的意思表示により控訴人が訴外山口乙吉より買受けたと謂う本件係争建物の所有権は控訴人から被控訴人に移転した効果が発生するものであることは学説判例の一致するところである。

而して右形成権の行使は訴訟法上仮定抗弁の形式を以て為されたかも知れないが実体法上之により所有権移転と云う法律上の効果が発生し借地法第十条前段の要件が具備される限り最早撤回することが許されないものと解すべきである。

三、被控訴人は原審において当初控訴人に対し土地の所有権に基き其の土地を占有する正権原のない控訴人に対し控訴人所有の本件建物の収去及土地の明渡を求めたことは控訴人が主張するとおりである。

然るに控訴人は前記の如く借地法第十条により被控訴人に対し建物買取請求権を仮定抗弁の形式を以て行使して来たので被控訴人の当初の請求たる建物収去土地明渡は被控訴人において請求の趣旨を変更する迄もなく裁判所は若し被控訴人の請求原因たる訴外山口乙吉に対する本件土地に付ての賃貸借契約解除が肯定され控訴人に本件土地占有の正権原あることの主張が否定されたならば控訴人に対し建物の時価に相当する金員を被控訴人から受取ると引換に該建物の引渡を命ずる判決を為すことができるものであることは最高裁判所における判例の示すところである。(昭和三十三年六月六日第二小法廷判決昭和三十年(オ)第九九三号事件昭和三十三年三月十三日第一小法廷判決昭和三十一年(オ)第九六六号事件)

四、それ故被控訴人としては必ずしも請求の趣旨を訂正する必要もなかつたのであるけれども従来の右最高裁判所の判例等は単に建物の引渡のみを命ずる判決を為し得る如く解しているようであるが元来当初の建物収去土地明渡請求の訴訟において被告から建物買取請求権を行使された結果原告に建物引渡請求権を認めたのは買取請求権行使という形成権の行使により当事者間に売買契約が成立したと同一の効果を生じ所有権が買主たる原告に移転したことに因るものであることは言を俟たないところであるから被控訴人としては本件において単に建物の引渡のみにとゞまらず建物についての所有権移転登記手続及控訴人が其の建物を被控訴人に引渡し且建物から退去して完全に本件土地を明渡す迄其の敷地についての不当利得による利益の返還を求める権利あるものと思料したので其の旨の判決を得度く請求の趣旨を訂正する旨の書面を提出したものである。(大審院判決昭和一八、二、一八、民集二二巻九一頁及昭和一四、八、二四民集一八巻八八九頁御参照)

五、従つて被控訴人が原審において請求の趣旨を訂正したのは訂正前の訴の取下でもなく控訴人の買取請求権行使という新事態に対応した自然の処置である。

控訴人は右の如き経過を捉えて旧請求の取下又は抛棄と解釈しているようであるが、その然らざることは本件訴訟の経過並に弁論の全趣旨に照し明瞭に看取し得られるところで、控訴人は之に対し異議を述べることはできない。

此の事は旧民事訴訟法第一九六条第三号に謂うところの最初求めたる物の滅尽による賠償を求める場合被告が異議を述べることを得ないのと同一である。

六、控訴人は其の権利濫用の抗弁を契約解除権の行使と本件建物の収去及土地明渡の請求との二つに付いて主張したが原判決では前者のみと判断し後者の判断を違脱したと主張しているが原判決はその判決自体において控訴人の抗弁全部を排斥したものと解せられるものである。

仮りに後者の判断を逸脱したとなれば当審においてその判断を受くべきものと思料する。

七、被控訴代理人が当審第一回口頭弁論期日に控訴人代理人の求による釈明した原判決の第二項請求のみを維持するものであるとの意味は被控訴人は原判決の主文において満足し敢て附帯控訴など迄して建物の収去土地明渡という第一項請求の判決を得度いという考えのないことを明かにしたものである。

以上の理由により控訴人の本件控訴は理由がなく棄却せらるべきものである。

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